高松高等裁判所 平成12年(ツ)3号 判決 2000年11月27日
上告人 A野太郎
右訴訟代理人弁護士 笹谷正廣
被上告人 国民生活金融公庫
右代表者総裁 尾崎護
右訴訟代理人弁護士 島田清
主文
一 原判決を破棄する。
二 本件を徳島地方裁判所に差し戻す。
理由
一 上告代理人笹谷正廣の上告理由について
1 本件は、上告人から被上告人に対する連帯保証契約に基づく債務の支払を命じた判決につき、上告人が、訴状及び判決正本の上告人に対する送達がされなかったことが再審事由(平成八年法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法〔明治二三年四月二一日法律第二九号、以下「旧民訴法」という。〕四二〇条一項三号)に該当するとして、再審の訴え(以下「本件再審の訴え」という。)を提起し、さらに、右判決の無効を前提として、右連帯保証債務の不存在の確認を求める訴え(以下「本件確認の訴え」という。)を追加した事件である。原審が適法に確定した事実関係の大要は、次のとおりである。
(一) 被上告人は、上告人に対し、B山松夫の被上告人に対する消費貸借契約に基づく債務の連帯保証債務の履行を求める訴訟(徳島簡易裁判所平成九年(ハ)第一八八号、以下「前件事件」という。)を提起した。
(二) 前件事件の上告人に対する訴状副本、口頭弁論期日呼出状等は、徳島簡易裁判所から、徳島市八万町《番地省略》(以下「八万町住居」という。)に発送され、平成九年五月二〇日、上告人の息子A野一郎の雇っていた家政婦C川花子がこれを受領した。
(三) 徳島簡易裁判所は、平成九年六月三日、上告人欠席のまま、第一回口頭弁論期日を開廷し、弁論終結の上、同月一〇日、上告人から被上告人に対し金五七四万三八〇四円及び内金五七二万円に対する平成七年六月六日から支払済みまで年一四・五パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による金員の支払を命じること等を内容とする判決(以下「本件判決」という。)を言い渡した。
(四) 本件判決の正本は、徳島簡易裁判所から、八万町住居に発送され、同年六月一二日、同所でA野一郎がこれを受領した。
(五) 上告人は、同月二五日又は二六日ころ、被上告人担当者からの電話を受け、初めて本件判決の存在を知り、同月二七日、本件判決の正本等の書類を持参して、上告人代理人の弁護士事務所を訪れ、前件事件の追行を同代理人に依頼し、同年七月一〇日、前件事件の訴状及び本件判決正本の送達の無効等を主張して、本件再審の訴えを提起した。
(六) 八万町住居は、上告人が過去に住居としていた場所であるが、上告人は、平成三年一月に前妻と離婚後、同所を出てからは、ほとんど同所に出向くことはなく、徳島市富田橋所在のマンションでD原竹子と夫婦同様に生活し、昼間には会社代表取締役として徳島県板野郡藍住町所在の店舗で稼働し、夜にはD原竹子が店長を勤める徳島市沖浜町所在の焼肉店で同人とともに稼働していたものであり、平成九年当時、八万町住居は上告人の生活の本拠たる住所あるいは居所に該当せず、就業場所でもなかった。
2 原審は、右事実関係の下において、次の理由で、第一審判決中、本件再審の訴えを却下した部分に対する上告人の控訴を棄却し、また、第一審判決中、上告人の連帯保証債務不存在確認請求を棄却した部分を取り消し、本件確認の訴えを却下した。
(一) 前件事件における上告人に対する訴状、呼出状等の送達は、補充送達の要件を欠くもので無効であるから、旧民訴法四二〇条一項三号の再審事由が存する。また、本件判決は同条一項にいう「確定ノ終局判決」であるということができる。
(二) 判決正本が第三者に送達された場合であっても、判決の名宛人が判決正本を現実に受領したときには、その受領時に瑕疵が治癒され、その時から控訴期間が進行するとみるのが相当である。上告人は遅くとも平成九年六月二七日には、本件判決の正本を現実に受領していたのであり、右受領から控訴期間の満了までの間に控訴によって争うことができた(上訴する機会があった)のであり、それにもかかわらず、これをなさなかったのであるから、本件再審の訴えは旧民訴法四二〇条一項ただし書後段の補充性の要件を欠き、不適法であり、却下を免れない。
(三) 判決の成立の手続や内容に瑕疵がある場合には、再審に関する規定の類推等再審制度を柔軟に運用することでできるだけ対処すべきであり、判決の無効が認められるのは、再審制度によっては判決の既判力を失効させることができず、かつ、その結果が明らかに正義に反する場合に限定すべきであると解するのが相当である。
本件においては、旧民訴法四二〇条一項三号の再審事由に該当する場合であるし、これを控訴によって主張することができる場合であるから、それ以上に既判力の排除を認めなければ明らかに正義に反すると認めるに足りる事情は窺えない。
したがって、本件判決を無効とみることはできず、本件判決は既判力を有しているから、前件事件の口頭弁論終結前の事由に基づく本件確認の訴えは、不適法であり却下を免れない。
3 しかしながら、原審の右2の判断のうち、(一)は是認できるが、(二)及び(三)を是認することはできない。その理由は、次のとおりである。
(一) 原判決が確定した前記1の事実関係のもとでは、前件事件の訴状、呼出状等の送達は、補充送達の要件を欠くもので無効であり、上告人は前件事件に関与する機会が与えられないまま本件判決がされたのであるから、旧民訴法四二〇条一項三号の再審事由があると解するのが相当である。
また、本件判決正本の送達も、補充送達の要件を欠き無効であり、A野一郎が本件判決正本を受領した平成九年六月一二日から、本判決に対する控訴期間が開始するものではない。もっとも、上告人は、平成九年六月二五日又は二六日ころ、本件判決の存在を知り、遅くとも同月二七日までには、本件判決の正本を受領していた。しかし、上告人は本件判決につき裁判所からの適法な送達を受ける権利を有するのであるから、上告人がA野一郎による判決正本の受領を適法な送達として追認し、又は送達の瑕疵につき責問権を放棄したとみられるような事情がないにもかかわらず、単に上告人が判決正本を受領したことのみで本件判決正本送達の瑕疵が治癒されると解することはできない。そして、上告人は、本件判決の存在を知った翌日又は翌々日には、上告人代理人に相談に行き、同代理人に訴訟委任し、その二週間後に前件事件の訴状及び本件判決正本の送達の無効を主張して本件再審の訴えを提起しているのであるから、上告人が、A野一郎による本件判決正本の受領を適法な送達として追認し、又は送達の瑕疵についての責問権を放棄したとみることができないことは明らかである。なお、原判決引用の最高裁判所昭和三七年(オ)第一五号昭和三八年四月一二日第二小法廷判決(民集一七巻三号四六八頁)は、判決正本が誤って第三者に送達された場合に、判決の名宛人(同人は適法に訴訟に関与してきた者であった。)が現実に判決正本を受領した時から二週間以内に上告をした事案において、当該上告を適法な期間内の上告であると判断したものであり、本件とは事案を異にするものであることが明らかである。
そうすると、本件判決が確定したといえるかどうかは検討を要するところである。しかし、本件判決は、適法に上告人に送達され、判決正本の送達報告書記載の送達日から二週間の経過をもって確定したとの外形を備えているから、これを前提とした取扱いがなされるおそれが認められる。したがって、本件判決は旧民訴法四二〇条一項にいう「確定ノ終局判決」に当たると解するのが相当であり、上告人に再審の訴えをもって本件判決の取消しを求めることを許すべきである。
(二) ところで、旧民訴法四二〇条一項ただし書は、再審事由を知って上訴をしなかった場合には再審の訴えを提起することが許されない旨規定するが、その趣旨は、再審の訴えが上訴することができなくなった後の非常の不服申立方法であることから、上訴が可能であったにもかかわらずそれをしなかった者について再審の訴えによる不服申立てを否定するものである。そして、前示の最高裁判所判決の説示するところに従えば、上告人が本件判決を受領してから二週間以内に控訴をすれば、それは期間内の控訴として適法なものと扱われたと考えられる。しかし、同項ただし書は、確定判決の判決手続自体が有効に行われたものであることを前提としていると解される。そして、本件では、上告人は、前件事件の係属及び本件判決の言渡しを知らず、前件事件の訴訟手続に関与する機会を全く与えられなかったのである。また、上告人に本件判決の正本の送達の瑕疵を受忍しなければならないいわれはない。このような場合にまで、現実に判決正本を受領した以上は、送達の瑕疵についての責問権を放棄して右受領の日から二週間以内に控訴をしない限り、同項ただし書によって再審の訴えを提起することができなくなると解することは、上告人から審級の利益を奪い、一審判決を有効なものとして受忍せざるを得なくするものであって、前件事件に関与できなかった上告人の立場を不当に制限する結果となり相当でない。したがって、上告人が本件判決に対して控訴しなかったことをもって、旧民訴法四二〇条一項ただし書に規定する場合に当たるとすることはできない。
(三) そうすると、本件再審の訴えが補充性の要件を欠くとして、同訴えを却下した原審の判断には、旧民訴法四二〇条一項ただし書の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。上告理由第一点にかかる論旨は理由があり、原判決中、本件再審の訴えに関する部分は破棄を免れない。
(四) さらに、右のとおり、本件再審の訴えは適法なものであり、かつ、上告人に対し、その再審事由を本件判決に対する控訴によってのみ争わせることは相当でない。したがって、原判決が、これと異なる前提のもとに、本件判決を無効とみることはできず、本件判決は既判力を有しているから前件訴訟の基準時前の事由に基づく本件確認の訴えは不適法であるとした部分にも、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の違法があるというべきである。そうすると、原判決中、本件確認の訴えに関する部分も破棄を免れない。
なお、本件再審の訴えは、被上告人が上告人に対し、連帯保証債務の履行として金員の支払を求める給付訴訟についての再審理を求める訴訟であるのに対し、本件確認の訴えは同一の債務の不存在の確認を求める消極的確認訴訟である。そうすると、本件再審の訴えに基づき、前件事件の被上告人の請求の当否について裁判所の判断がなされる場合には、その段階において同一の訴訟物にかかる債務不存在確認の訴えが訴えの利益を欠くことになるとも考えられるが、当審においては未だ右請求の当否について判断を下すものでないので、右の点にかかる訴えの利益の存否の判断は再度差戻審において判決をする時点で行うのが相当であると思料する。
二 以上の次第で、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、なお前件事件の請求の当否について審理する必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 田中俊次 朝日貴浩)
<以下省略>